やぎさんのオリジナル泳法のすすめ

楽に、静かに、できれば速く、還暦すぎてのラクラク健康スイミング (円月泳法、鉤腕泳法、八の字泳法、招き猫泳法、らくらく2ビート背泳、やぎロール、イルカ泳ぎ等)

63. 1ストローク、1ストロークが、私の人生

2年前に、このブログの記事追加は終了とすると書きました。

そのつもりだったのだけど、昨今の社会的な動向のなかで、少し思うところがあり、少しだけ追加しようと思います。少し..といっても長くなってしまったのですが、ごめんなさい。気が向いたら、読んでください。

このブログの題名は、「オリジナル泳法のすすめ」ですが、その意図するところは、「健康と水泳」です。
つまり、水泳をすることによって、健康を維持することができれば幸い、ということがひとつの目的でした。
しかし、ある程度の健康がなければ、泳ぐことなどできないというのも事実でしょう。
今日は、それに関して、思うところを少し記してみたいと思います。

 

1.泳ぐときの意識はどこにあるか?

みなさんは、泳ぐときに、目的といったものを設定していますか?

大方の人は、泳ぐにあたって、目的や目標、あるいは目安といったものを持っていることと思います。
1時間泳ぐ、スピードを更新したい、2km泳ぐ等々、きっとあると思います。

では、具体的に泳ぐにあたって、ひとつのまとまった単位として意識するものはありますか?

「あるよ、今日、意識するポイントとしては、キャッチに注意する」などというものはあるかもしれません。でも、私の言うのは、意識するポイントではなく、単位です

単位?そりゃなんじゃ?と聞かれるでしょうね、きっと。

私には、泳ぐときに、単位として意識するものがあります。

それは、一回一回のプル、ストロークです。

 

単位としての1ストローク

では、私が単位として意識するストロークはどのようなものか?

どんな泳法でも基本は同じですが、動きにはそれぞれ特有なものもあるので、ここでは、クロールでの私のストロークを取り上げてみます。

手を前方に差し込み、キャッチして、プルして、最後に水から抜いて前方に運ぶ、そこまでの動作のことです。
当たり前のことで、いまさらと思われるかもしれませんね。

しかし、私は、手を前方遠くまで差込み、思い切り身体を長くまっすぐに伸ばし、それから、やおら水を搔き集めて、ゆっくり、手前に引き寄せ、そして常に同じ水圧や水流を手のひらや前腕に感じつつ後方に押しやり、最後にすっと水面から肘を抜き取って、肘を高く手指を水面すれすれに掠めて、頭の横まで運ぶといった、この動作を、滑らかに気持ちよく自らの理想の形に完璧に行なうということを一回々々感じたいのです。
ここに、私の水泳が凝縮されているといっても過言でないと思うからです。

(私のストロークの概要)

この私のクロールの一部始終には、どんな意味があるか?

(1)最初の段階の、手の突き込みには、胸を深く沈める効果を持たせ、同時に、ローリングの初動効果も持たせる
そのためには、頭の横から手先を突き込んで、肩の前方斜め下遠くに手の甲に水圧を感じるように伸ばし切るということをします。(私の円月泳法の場合は、腕を円く回しますので、前方で水面に手のひらを横から沈めようとするときに、親指側を下に傾斜させ、水を抉ります。)
このようにすると、その側の肩・胸が沈み込みます。
それによって何を期待するかということですが、胸が水に沈み込むことによって、上半身の重心が水面からグッと低くなることになり、その結果として、下半身は浮き、前方の深みに向かって滑り込んで行くことができます。うまくやれば、背中の方に水を引き込むことができるので、加速する感じも得られます。
どのように腕を使ってもよいのですが、このストロークの最初の段階の結果として引き出したい効果はこれです。

ところで、胸を沈めるこの動作は、クロールや背泳ぎなどの左右非対称の泳ぎでは上体のローリングによっても達成されるのですが、バタフライや平泳ぎなどの対称的な泳ぎでは胸を、意識的に張って、深く沈めなければなりません。
こうして、腕を手先まで伸ばしきったときが、最も泳速が速いときです。なぜなら、もう一方の腕が水を掻き切った瞬間であるからです。それゆえ、好きなだけ、その余韻を楽しみながら、水の中を滑っていくことができます。

(2)次には、水を掻き込みます。
なるべく前方で肘を緩めて、手のひらと前腕で、できるだけ多くの水を塊として掻き込みます。そして、その水塊を壊さないように気を付けつつ、次の段階に進みます。

(3)後方に、水の塊を運ぶ
手のひらと前腕で、掻き込んだ水の塊を自分の反対側の脇を目指して引き寄せてから後方に押し下げます。このときに留意するのは、常に水の抵抗が同じくらいの強さに感じられるように押し下げることです。多分、押し下げる速さは加速されることでしょう。
この時、手のひらと前腕は、基本的に後方に向けるようにします。それが最も後方への力を生むことになりますからね。ただし、これは、後方に真っすぐ押し下げる抗力泳ぎのときであって、円を描くように水を薙ぎる様にする場合は、若干角度を付けます。そのときによって方向と角度は変わりますが、それは水流を感じつつ、その効果を楽しみながら覚えればよいことでしょう。
このときの押す効率が推進力を左右することになります。身体のその他の部分は、ここでの水の抵抗と全く反対に、いかに、水の抵抗にならないかということだけに腐心すればよいのです。脚をぴちっと閉じ、腹筋に力を入れて身体を真っすぐにするといったことです。

(4)最後まで押し下げ切った腕は、前腕の力を完全に抜いて肘だけを上げて脇を大きく開けながら、前方に向かってスポッと抜きます。
つまり、水しぶきを上げず、泡も立てないということです。
そうして、手指を水面スレスレに保って、脇を大きく開けながら、頭の横まで持っていき、もう一方の腕が2.の段階(つまり、水を掻き込む段階)に達するまで待機します。

まあ、泳ぎ方によって、多少の変化はありますが、ストロークの基本はこうしたことだと思います。(ちなみに、私の円月泳法では、腕を円形に回しますので、バタフライに近く水面すれすれに這って前方に回します。)

これが私のストロークで、最も大事な部分として留意する単位です。もちろんストロークと協調した体幹の動きや、脚の動作も大事なことには変わりはないですが、これらの原理は、4泳法を含めて、どれも全く同じだと考えています。
ちなみに、息継ぎは単位ではありません。できるとき、したいときに、こっそりするだけのものです。

だからこそ、私は、このストロークの一本々々に細心の感性と注意を籠めて水の圧力や流れを感じようとしているのです。

あとのことは些末なことであって、距離や時間などは、目的や目安として達成されるものであって、単なる、このストロークという単位の繰り返しに伴う結果でしかありません。

というわけですが、今日、私が、この記事を書こうと思い立ったのは、この単位という概念がきっかけなのです。

冒頭で、ある程度の健康がなければ、水泳などできないと書きました。

もう、お分かりのことと思いますが、ここ1年半ばかりの新型コロナ騒動についてです。

 

2.健康と水泳

誰しも、新型コロナに罹りたくない、と思うのは、当たり前のことです。
それだけでなく、勿論のこと、どんな病気にしても、罹りたくありません。

私の通うジム・プールでも、何人ものPCR検査の陽性者が出て、閉鎖になったり、ジュニアスイミングが休みになったりしました。
しかし、私自身は、ジムが閉鎖された時以外は、プールになるべく通いました。
週に4日程度ですが、新型コロナに罹る確率よりも、プールで泳ぐことで健康を保つ利益の方が、余程、高いと思ったからです。

また、新型コロナのワクチンも受けませんでしたし、今後も受けるつもりは全くありません。
なぜなら、後でも触れますが、コロナに罹って重症化する確率よりは、余程、ワクチンによる健康被害の方が迷惑だと考えざるを得なかったからです。
もし、ワクチンを打って、身体の調子が悪くなったり、水泳ができなくなったら、元も子もないではありませんか。

さて、それがストロークと何の関係があるのかって?

私にとって、水泳の動きの核としてストロークという単位があるのと同様、私の生活にも、単位というかリズムがあります

私にとっての生活のリズムの単位は、1時間でも、一年でもありません。
ずばり、それは、一日です

もう古稀を目の前にして思うことは、暗いうちに起きだして、眩しい朝日を浴びて、さあ、今日はどうするかなって考え、オレンジ色の夕日が西にボヨンと沈むのを感傷的に眺め、ああ、今日も一日が終わった、有難いことだ、あとは寝るだけだ、ということだけだからです。

わたしにとって、この一日が生活・人生の1ストロークであり、一歩一歩なのです。
生活・人生が良くも悪くもなるのは、この一日をどうするか、これをいかに生き抜くか、それだけなのです。

このブログの最後の記事を書いてから2年間経ったのは、そうした一日々々を重ねてきた結果に過ぎません。

うーん、まどろっこしいやっちゃな~ それがコロナと何の関係があるねん?

ということですが、私は、私の一日にとって、コロナ騒動がどう見えているか、ということをお話ししたかったのです。

(1)新型コロナ騒動と私の一日

さて、それでは、私の一日にとって、新型コロナとはどのようなものか?

簡単な話です。
新型コロナ感染が始まってから、およそ18カ月ほど経ちますが、その間、わが国における新型コロナの陽性者(PCR検査で陽性になった人)は、約171万人、うち死亡者数は、約1.8万人であったと発表されています。
これを基に計算すると、国民一人が、一日当たり、これに感染する確率は、約0.0025%にすぎません。また、それで死亡したと言われる確率は、約0.000025%です。

この数字は、あなたにとっては、どれくらいの重さがあるでしょうか。

そもそも、感染確率というのは、地域により、生活形態により、そして何よりも行動様式によって大きく異なります
だから、感染防止や衛生に留意していれば、これらの感染の確率は、さらに、自らの努力次第で、限りなく減らせるであろうということです。

さて、あなたは、今日、朝起きてから寝るまでの危険性として、こうした、0.0025%、重症化して死亡する確率の0.000025%が怖いですか?

さらに言えば、重症化して死亡に至る方には、そもそも、基礎疾患や健康上問題があったり虚弱な方が多く、新型コロナがなくてもインフルエンザや他の疾患で亡くなる可能性も大きいのです。

新型コロナの死亡者数というのは、肺炎を始めとして、その直接死因は種々ありますが、亡くなった時にその患者が新型コロナに陽性であったということだけです。ですから、死亡した方々がコロナウィルスを持っていても何の不思議はないと思われます。

ちなみに、政府広報によると、同じようなコロナウィルスであるインフルエンザでは、何と、ひと冬で国民の約1割(1000 万人程)が罹患し、それがもとで1万人程が亡くなっていると推計されています。
インフルエンザでも、亡くなった方々は、おそらく、みんな、安楽にではなく、苦しんで亡くなったことでしょう。

だから、単に、数だけでいえば新型コロナの、年間死亡数はインフルエンザとさほど変わりません
ただし、インフルエンザの蔓延期間は冬だけなので、これについても、新型コロナと同じように一日の確率を求めれば、ざっと、死亡率は0.00008%ということになります。
つまり、一日の死亡率は、新型コロナよりインフルエンザの方がはるかに高く、30倍になっているということです。
インフルエンザの一日の罹感率は、0.1%程度になりますが、それにもかかわらず、今のインフルエンザはパンデミックとは呼ばれません。なぜでしょう。

罹患率についても比較したいのですが、例えばインフルエンザであれば、罹患すれば高熱が出て数日は苦しみますので、毎年国民の10%が罹患して医者にかかっていることが分るのですが、新型コロナの場合は、症状が出ない場合が多いとされ、症状が出てからPCR検査を受けて罹患が判明するので、正確な感染率は分かりません

また、新型コロナは重症化する率が高い?という人もいます。
しかし、罹患しても、その母数が不明である限り、重症化する率というものは数値としては出てきません。また、重症化した人の累積数も政府統計の中に見当たりませんので、単純にPCR検査陽性数で割ってみることもできません。

悪くなって病院に運ばれた患者から出る重症者が多いという印象だけで、新型コロナは重症化しやすいのだ、とは言えないでしょう。むしろ、罹れば苦しむインフルエンザの方が、見方によっては質が悪い、というか、怖い病気であるとも言えるかもしれません。

そもそも、新型コロナの蔓延で、人がゴロゴロ死んでいるような印象を与えているきらいがありますが、わが国の死亡率が、これによって高まったとは、とても言うことはできません

ともあれ、こうした統計を見る限りは、新型コロナのほうがインフルエンザよりひどいと言い切ることは難しく、これだけ危険性が煽られているのは、むしろ意図的ではないかとさえ思われます。

以上のことから、私は、新型コロナを、むやみに怖がる必要はないと思っているのです。

もちろん、私も感染予防のために、消毒・衛生には気を付け、外出時のマスク着用はします
今回の騒動で、一番良かったのは、この習慣が広がったことです。
これによって、新型コロナは勿論のこと、様々な感染症が激減しています。おそらく、その点で困っているのは庶民ではなく、患者が激減した民間の病院でしょう。

 

(2)新型コロナのワクチンやブースター接種について

それでも、新型コロナのワクチンを接種される方々が多くいます。争って受けている光景もニュースで度々流されました。すでに、国民の7割に達しているそうです。

しかしながら、当初から、例えば、ファイザー社とモデルナ社のmRNAを使用したワクチンには、有害な副作用が予見されていました

アナフィラキシーは最初から予見されていましたが、それ以外の、心筋炎、血小板減少、腎障害、皮膚病、免疫障害等々の疾患が、mRNAワクチンによるトゲトゲたんぱくの産生が原因で発症する可能性が知られていたのです。悪さをするそのトゲトゲたんぱくは、4か月経ち、ワクチンの効果がなくなっても、まだ体内に残っていることが、今は確認されているようです。
それにもかかわらず、政府は、拙速に接種を始めてしまい、その副作用と思われる症状については接種との因果関係が認められないとしてきたのです。仮に、ここに至って、一部の心筋症だけ認めると言ったとしても、亡くなった人は浮かばれません。

何も、こんなことを知らなくても、半年で作ったような、いかがわしいワクチンなんか受けられるもんかと拒否した人も結構います。

接種しないのには、こうしたことなど、それなりの理由があるからです。

実際、私の周りには、新型コロナに罹った人は1人居ました。しかし、ワクチンを受けた人については、何ともなかったという方も多くおられますが、今まで大きな病気をしておらず、元気いっぱいだったというのに、ひどく体調を崩した人が何人もおられます。経験もしたことがないような倦怠感や腎盂炎肺気腫などにかかり、ずっと苦しみ続けているのです。

そうでなくても、若い人を中心に、ワクチン接種後に高熱で数日苦しんだという例は枚挙にいとまがないでしょう。
新型コロナに罹って症状も出ない可能性が高い若い人たち、このワクチンの機序で沢山のトゲトゲたんぱくが体内で生産されることによる新型コロナの症状を、なぜ、わざわざ追体験しなければならないのでしょうか。そして、悪くすれば、心筋症などになって死ぬこともあるのです。

それでも、ワクチンを受けるのは、個々人の勝手だと私は思いますが、受けない方にそれを押し付けたり、そういう方を疎外する方向にある今の社会の在り方に対しては、勝手でよいと言うわけにはいきません。また、「打ったから、もう罹らない」と豪語し、マスクを外して警戒を怠る方もいて、そんな方が、ウィルスを媒介したり、本当に罹ったりすることもあるわけです。

とはいえ、中には、職域接種をはじめとし、社会生活の中で、受けたくないと思いながらも、仕方なく受けたという方も多くいます。他人の勝手によって、させられたと言うべきかもしれません。

まあ、百歩譲って、我々老人は、どうなってもいいのいかもしれません。

しかし、次世代を担う若者たちには、絶対負わせたくないものだと思います。ましてや、ブースター接種は論外です。

 

(3)ワクチンの有効性

ところで、ワクチンの有効性が95%と喧伝されていますが、みなさんはこの数字をどのようなものとして受け取っていますか?

よしんば、これが、100%だとしても、毎日の感染率の0.0025%が、0%になるというだけのことです。

しかし、困ったことに、この95%という数字についても、これは「まやかし」といわねばならないものです。詳細はここでは割愛しますが、ファイザー社のワクチンの治験結果を分析した論文を見ればわかります。それを読めば、その有効性は、実際は44%程度であることが分かります。なぜなら、その論文では、軽症者の発症数を除外して、同社の都合の良いように計算し、95%という数字にしていたからです。

そして、ファイザー社が「不明としていた、その有効期間」については、その後の他の調査によれば、2カ月で抗体が半減すること、さらに抗体産生は高齢者になるほど少ない等という結果が出ています。

これらを基にすれば、ワクチンの有効性は、言われているような値の6分の1以下に下がってしまいます。ブレイクスルーと言われているものが起こるのも当然でしょう。

とすれば、毎日、予想される感染の危険性は、何もしなければ、前記のとおり、約0.0025%ですがファイザー社のワクチンを打てば、その毎日の確率が、わずか0.0021%に下がるというだけのことで、それも、せいぜい、長くて4カ月程度迄のものです。

もうひとつ付け加えたいことがあります。

それは、ワクチンの回数と分量に関してです。

ファイザー社の治験によれば、まっとうにその結果を分析してみれば、第一回目の接種で、(同社のその都合の良い理屈によればですが、)有効率は92.6%になっていたことが分かります。それなのに同社が「2回接種しないと効果が無いと言うのは、利益を倍増したかったためとしか考えられません。

そもそも、接種の分量は体重によって大きく異なります。子ども、大人でも大きい人も小さい人もいます。押しなべて等量を接種するのはおかしいと思いませんか?薬はふつう、年齢や体重を考慮して飲むものです。

このように副作用が大きかったワクチンはこれまでに見られなかったことだと思いますが、同時に、作用機序としてRNAアストラゼネカはDNA)を使用したワクチンは、全く初めてです。それゆえ、特に、十二分に安全性を確かめる必要があったと思います。

体内での抗体産生を促すことはワクチンの目的ですが、これは、ウィルスを適度に疑似体験させて実現するものです。

そうであるならば、これほど酷いワクチン禍を起こす前に、よしんば、無謀なワクチン接種に踏み切らねばならなかったとしても、それは、一回の接種に留め、かつ、その量もずっと少なくて良かったのではないかと私は思います。

行政の責任も重いですが、そのような危険性を認識しながら、その危険性を政府に免責してもらい、それだけでなく、多くの分量を接種して利益を上げようとしているように見える製薬会社の在り方には、非常に疑問を感じます。

 

3.おわりに

世の中には、色々なリスクがありますが、

私は、避けられるリスクは避けようと思います。
そして、負わなくてよいリスクは負いたくありません

ですから、私は、新型コロナ罹患可能性の、こうした小さな確率は、自らの努力によって小さくすることとして、負わなくてもよいワクチンのリスクについては、そんなものを生涯負っていくことはしないと決めたのです。

既に接種した方でも、ブースター接種を考えておられる方がおられたら、この記事が、何かの参考になればと思います。

しかし、自分のことはともかくとして、憂慮するのは、これから国を支えていことになる子どもたちのことです。彼らにもワクチン接種が行われることになれは、その中から、心筋症で苦しんだり亡くなったり、健康を損なったりする子どもも出てくるかもしれません。その子が理解して望んだことであるならば仕方ありませんが、受けさせるのは、おそらく、親の意思ということになるでしょう。

ともあれ、ワクチンによって健康が阻害されて、水泳などできなくなれば元も子もないですからね。

みなさん、免疫は日ごろの注意から養うことが大事です。水泳では、とかく冷えやすいお腹を温めてください。自分の身体は医者には任せてしまうのではなく、自分で管理するようにしましょう